カテゴリー「台湾」の5件の記事

2007年6月 8日 (金)

李登輝元台湾総統 靖国神社に参拝する。

TV局各社、微妙に報道姿勢が違いますね

2007.6.7李登輝氏、靖国神社参拝 TV報道(11:30~12時すぎ)

日テレ→TBS→フジ→テレ朝→NHK-BS→NHK 日テレ→TBS→フジ→テレ朝→NHK-BS→NHK

2007.6.7李登輝氏、靖国神社参拝 TV報道(17:00~18:20)

テレビ東京→TBS

中国は強烈な不快感を表明。

日本政府は私人の行動に対してコメントすることは無いと表明。

李登輝氏はやっと念願の靖国神社参拝を実現させましたね。

李登輝氏は戦後長い間、元台湾総統とゆう立場、また台湾独立派の旗手として、中国からの圧力や日本の親中派等の妨害によって靖国参拝どころか訪日さえもできない時期がありました。

日本政府も今回は李登輝元総統に靖国参拝中止を要請することはなかったようですし、

中国政府も参拝を黙認した日本政府を非難したわりには、日中関係を重視する姿勢は崩さないようです。

来年にオリンピックを控えている中国。

安部総理も靖国参拝をするなら今がチャンス。

今なら中国に多少の嫌がらせしても、国を揚げた大げさな反応はしてこない。

また大規模な反日暴動が起これば、それはそれで北京オリンピックの良い宣伝材料になるはずです。

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2007年6月 2日 (土)

李登輝氏、成田に到着

李登輝元台湾総統が日本を訪れています。

李元総統たっての希望により、今回は靖国神社参拝が実現するかもしれません。

李登輝氏のお兄さんは戦前日本人として戦争を戦い、現在は靖国神社に英霊として祀られています。

李元総統の靖国神社参拝については例によって中国が”台湾独立”に絡めて激しく反発しています。さすがに李元総統の影響力を考えると、完全な私人としての旅行とはいかないところはありますが、ぜひ靖国神社参拝を実現してほしいものです。

一つの中国を謳い、靖国神社を非難し続けてきた中国共産党としては、過去”中国の要職”に着いた人物に靖国神社に行ってほしくはないでしょうね。

日本の親中政治家が李元総統に余計な茶々を入れないことを切に祈ります。

アジアの知略―日本は歴史と未来に自信を持て

私は、若いころに新渡戸稲造の講義録を読んだことを、いまでも一生涯、誇りに思っている。また、私の人生に必要なものを本当に教えてくれた。日本にも台湾にも、未だ多くの問題が残されている。しかし、新しい時代に向かうにあたって、もう少し新渡戸さんの時代の考え方をもって、新しい出発をするべきだろう。日本人はもっと自信を持ちなさい、と言うのはこういうことなのだ。

「武士道」解題―ノーブレス・オブリージュとは

「日本人よ、やまとごころを取り戻せ」―。二〇〇〇年に総統職を退いて民間人になった後も、その発言や行動が注目されてきた台湾の哲人。本書は、その李登輝が日本の現状を憂い、「指導者」たるべきものの心構えを「ノーブレス・オブリージュ」をキーワードに説いた作品である。テキストは、新渡戸稲造の『武士道』。欧米では、宗教教育なくして道徳なしといわれるが、日本では武士道が指導者たちの道徳規範だった。日本精神の真髄を、戦前日本の教養教育を受けて育った著者が、古今東西の哲学知識を総動員して解題する。

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2007年5月16日 (水)

台湾に残る日本の足跡

Taiwan and Japan : two democratic countries in far east

台湾には現在も台湾の人々によって守られている日本の足跡が数多くあります。

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2007年4月22日 (日)

返せ祖先の霊(高砂義勇兵)

還我祖靈 宣傳片 日文版。(祖先の霊を返せ。日本語訳付)

日本で高砂義勇兵の武勇伝が残る一方で、靖国神社に合祀されているのは不当だとして訴える高砂義勇兵の子孫もいます。

彼らは言います。

日本の植民地となり、日本の圧政の下無理やり日本人として徴用され戦前に送られたと、砲撃され村を焼かれ、飛行機による空爆、毒ガス等も使われたと。

しかしこれは事実なのでしょうか?

霧社事件 ウィキぺディア

霧社事件 シルバー回顧録より

歴史は綺麗なことばかりではありませが・・・。

この事件は台湾野党国民党が抗日運動のシンボルとして使っています。

靖國神社合祀 除名訴訟。 (靖国神社合祀除名訴訟)

どうも中国共産党の「南京大虐殺」のやり口を思い出すのですが

お勧めサイト シルバー回顧録 こちらのサイトは昭和一桁生まれの管理人が激動の時代、戦争や集団疎開などを思い出や歴史考察などをふくめて語っておられます。

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台湾の高砂族(1920年代)

日本統治時代の台湾.

後に、戦争中高砂義勇兵として日本軍に協力して大活躍した台湾先住民族と日本人警察官の映像です。

高砂義勇兵の逸話は多数残っています。

高砂義勇兵のエピソード

 過去から現在を通じて世界最強の傭兵と謡われる英国特殊部隊・王立グルカ連隊。高山に住むため肺活力がある、ネパールのグルカ族により構成された傭兵団だ。彼らは、ククリ(グルカナイフ)と呼ばれるマチェットを駆使し、多くの戦場を縦横無尽に駆けて敵兵を狩りまくった。 そんな彼らの最大のライバルが、日本帝国陸軍に所属していた、高砂義勇兵である。台湾の先住民族の志願兵により構成された高砂義勇兵は、日本軍が苦戦していたグルカ兵の待ち伏せや奇襲攻撃に対して斥候を買って出た。逆に樹上で逆待ち伏せをして撃退したり、夜間の斥候でグルカ連隊の意図を察知したり、ジャングル戦でグルカ兵と対等に戦った部隊である。 山地でのサバイバル能力に長けた彼らは、ジャングルでの行軍が不慣れな日本軍の先頭に立って密林を切り拓いたり、 いつ敵の襲撃があるか知れない状況の中、負傷した上官を病院船まで運んだりと、己を顧みず奮戦した。彼らの忠誠心と純朴さは際だっていたという。 「戦友に食べさせる食糧を探しに出たまま所在不明になった高砂義勇兵が、後にジャングルで遺体で発見されたとき、両手に食糧を抱えたまま「餓死」していた… どんなに腹が減っても戦友の食糧には手をつけず、帰り道を見失う中で餓死してしまったというのだ」(産経新聞「日本人の足跡」第203回)

高砂義勇兵フラッシュ判。「takasago.wmv」をダウンロード メディアプレーヤーが立ち上がります。

こちらのサイトでも見ることができます。 http://shupla.w-jp.net/datas/flash/takashago/movie.html

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